総論

Q:音楽家の配偶者がくも膜下出血から高次脳機能障害になったと報じられるなどしたこともあって、一般に知られるようになってきた高次脳機能障害ですが、端的にはどんな病気ですか?

A:脳を損傷したことが原因で起きる障害です。いろいろな症状がありますが、例えば記憶力や集中力が落ちたり、感情の起伏の抑制ができなくなったりします。このために普段の生活や仕事をすることが難しくなります。

Q:高次脳機能障害の原因は何ですか?

A:いろいろな原因があります。冒頭で挙げた事例のように、くも膜下出血や脳梗塞、脳出血などの脳血管障害の場合、脳の血管が出血したり詰まったりして高次脳機能障害を引き起こします。
 交通事故や転倒、高所からの転落などで頭部に大きなダメージを受ける脳外傷も原因の1つです。脳の神経線維を損傷した症状をびまん性軸索損傷といいます。
 この2つのほかに、脳に酸素が一時的に届かなくなる窒息や心停止をはじめ、脳腫瘍、一酸化炭素中毒、脳炎などが原因の場合もあります。

Q:いろいろな原因があるのですね。

A:はい。身近に起こりうるのです。これまであまり顧みられることがなかったのですが、医学の進歩に伴って障害として認められるようになってきました。

Q:高次脳機能障害の特徴は何ですか?

A:いろいろな特徴があるのですが、外見からは分かりにくい、本人に自覚がないことがある、の2点が大きな特徴と言っていいでしょう。入院中は問題が明らかになりにくいのですが、退院して自宅に戻ったり職場に復帰しようとしたりする辺りから、周囲とのズレが鮮明になってくる傾向があります。周囲の人が高次脳機能障害を知らなかったり理解がなかったりすると、摩擦や誤解、トラブルが生じたりすることがあるのです。現在のところ「完治」というゴールが見えない障害ですので、ご本人が大変な思いやつらい思いをするだけではなく、ご本人を支えるご家族も同じように大変な思いやつらい思いをすることが増えると言っていいかもしれません。

Q:どんな症状が出るのですか?

A:「この悲鳴にどう応える」という見出しで高次脳機能障害についての記事が11月14日付『毎日新聞』朝刊(東京本社版)に掲載されました。記事では<記憶力や注意力の低下、活動や計画の能力低下、その障害に気づかない、と症状も程度もさまざまだ>としていて、幅広い症状が出ることを示しています。その症状の分け方はいろいろありますが、参考資料によると、
(1)記憶障害
(2)注意障害
(3)遂行機能障害
(4)社会的行動障害
(5)そのほかの障害
 という分け方があります。

症状編

Q:(1)記憶障害は具体的にどんな障害ですか?

A:記憶力の低下で生じるもので、例えば次のようなことがあります。
・カレンダーや時計などを見たりすれば分かるはずの「今日の日付」が分からない
・自宅以外の場所に出かけた場合、その場所が分からない、つまり自分がどこに来ているのか分からない
・自分が何をしたかを忘れてしまう
・一日の予定を覚えることができない。別の言い方をすると、約束を忘れる
・見たことや聞いたことを記憶することができない
 などです。

Q:解剖学者の養老孟司さんが2018年12月16日付『毎日新聞』の書評欄「2018この3冊」で『脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出』(鈴木大介・新潮新書)を挙げています。養老さんは「闘病記として出色。なにより気が滅入らないし、表現がじつに上手だから、医師にも介護者にも大いに参考になる」と褒め、「自分は頭が普通だと思っている人も、読んだ方がいいと思う」と勧めています。この本は、41歳で脳梗塞になった筆者が高次脳機能障害に苦しみ、向き合い、飛躍的な回復を得るまでの顛末を率直に紹介しています。脳梗塞が引き金になった高次脳機能障害ですが、一読に値するに違いありません。

Q:外見では障害がはっきりとは分からないのが高次脳機能障害の特徴の1つです。そこで茨城県は高次脳機能障害を知ってもらうためのバッジを作りました。当事者と家族、支援者用の3種類さあり、当事者用のバッジには双葉の芽の絵と一緒に「高次脳機能障害に理解を」「まだまだこれから」「ずっと見守って」「茨城県」の文字が入っています。
 さて、(2)注意障害についてです。具体的にどんな障害ですか?

A:注意障害は文字通り注意力の低下で生じます。高次脳機能障害になる前に比べると、次のような症状が目立ちます。
・うっかりが原因と見られるミスが多くなった
・何か1つのことに時間をかけて集中することができなくなっている
・簡単なものなのに同時に複数のことができなくなっている
・注意力が散漫になっている
・ぼんやりしているように見える
・複数の選択肢の中から必要なものを選ぶという判断をすることが大変苦手になっている
 などです。ついうっかりのミスや気が散るなど、ここに例示したものは誰にでも経験があるのではないでしょうか。高次脳機能障害とどう違うかというと、高次脳機能障害になる前となってからを比べると、このような症状が見られる回数が増えるところにあります。なお、「何か1つのことを始めるとそのことに夢中になってしまう。ほかのことに気がつかない状態になってしまう」という症状に関しては発達障害の症状にも当てはまります。本人や周囲が判断するのではなく、専門医の判断を求めるほうがいいと言われています。

Q:(3)遂行機能障害は具体的にどんな障害ですか?

A:例えば下記のような症状が見られます。
・自分で計画を立てることができない
・何か間違いをして、それを指摘された場合、指摘されたことは理解できる。しかし次に生かすことができない
・物事の優先順位をつける必要がある場合にそれができない
・2つ以上の作業を同時にすることができない
・効率を考えて行動することができない
・行き当たりばったりの行動を取る
 などです。

Q:(4)社会的行動障害は具体的にどんな障害ですか?

A:これはさらにいくつかの類型があり、下記のように細分化することができます。
① 欲求・感情コントロールの低下
② 意識の低下・抑うつ
③ 固執性(こだわりが強い)
④ 依存・退行(幼児化、子どもっぽい)
⑤ 対人技巧拙劣(コミュニケーション能力の低下)
⑥ 易疲労性(精神的にも身体的にも疲れやすい)
⑦ 病識欠如(自分の障害に気づかず、自分の障害について説明できない。現実感がない)

Q:具体的にどんな症状ですか?

A:では一つずつ見ていきます。①欲求・感情コントロールの低下は、
・じっとしていられない。待つことができない
・際限なく食べたりお金を使ったりする
・してはいけないと分かっていても、行動を抑えることができない
・常にイライラしている
・ちょっとしたことに腹を立てる
・感情が安定せず、すぐに怒ったり笑ったりする
 などです。

Q:②意識の低下・抑うつは具体的にどんな症状ですか?

A:例えば、

・物事を前向きに考えることができない

・自分から何かしようとしない
・ふさぎ込む
・表情が硬い
・考えや言葉が浮かばない
 などです。

Q:③固執性(こだわりが強い)は具体的にどんな症状ですか?

A:例えば、
・ひとつのことにこだわるので他のことができない
・同じことを言ったり行動したりし続ける
・周囲から制止されるまで行動を止めることができない
 などです。

Q:④依存・退行(幼児化、子どもっぽい)は具体的にどんな症状ですか?

A:例えば、
・すぐ他人を頼る
・子供っぽくなる
・だらしない
 などです。

Q:⑤対人技巧拙劣(コミュニケーション能力の低下)は具体的にどんな症状ですか?

A:例えば、
・相手を思いやるのが困難
・よい人間関係を築くのが難しい
・場の雰囲気を読むことができない
 などです。

Q:⑥易疲労性(精神的にも身体的にも疲れやすい)は具体的にどんな症状ですか?

A:例えば、
・常に眠い状態にある
・動きや反応が遅い
・長い時間座っていることができない
 などです。

Q:⑦病識欠如(自分の障害に気づかず、自分の障害について説明できない。現実感がない)は具体的にどんな症状ですか?

A:例えば、
・病気をする前の自分と今の自分は何も変わっていないと思っている
・今の状態では難しいこと(車の運転や職場への復帰など)をしようとする
・何か問題が生じたとき必ず他人のせいにする
 などです。

Q:(5)そのほかの障害は具体的にどんな障害ですか?

A:これは①失語症、②失行症、③失認症、④半側空間無視、⑤地誌的障害に分けることができます。1つずつ、症状を挙げてみましょう。
 まず①失語症は、言葉による意思疎通が困難になります。例えば、
・相手の話が分からない
・うまく話すことができない
・文字を読んだり書いたりすることができない
 などです。
 ②失行症は、手や足を動かすことはできるのですが、適切な動作がしにくくなります。例えば、
・道具をうまく使えない
・普段やっている動作なのに、指示されるとできない
 などです。
 ③失認症は、見ているものや聞いているもの、触っているものが分からなくなります。例えば、
・目の前にある、見えているものが何なのか分からない
・電話で家族の声を聞いても誰なのか分からない
 などです。

 ④半側空間無視という言葉は聞き慣れない人が多いかも知れません。自分の前の空間の半分に注意を向けるのが難しく、対象を見落としてしまうことになります。例えば、
・食事のときに左半分のおかずに気がつかず、結果的に残してしまう
・移動中に左側にあるものにぶつかりやすい
 などです。左側を見落とす人が多いと言われています。
⑤地誌的障害という言葉も馴染みがないかもしれません。これは、場所が分からないのです。例えば、
・よく知っている場所で道に迷う
・場所や方向などの位置関係が分からない
・目的地に辿り着くことができない
 などです。

アドバイス編

Q:高次脳機能障害の患者さん本人、それから家族や友人など周囲の人はどんなことに気をつけるといいでしょうか?

A:症状によって異なるところがあるので、1つずつ見ていきましょう。

Q:まず記憶障害を持つ本人にどんなアドバイスがありますか?

A:予定を覚えることができないなら、自分以外の人や物を活用します。例えば、
・決まった手帳や付箋にメモする
・付箋やメモを目に付くところに貼る
・カレンダーに記して毎日見る
 などです。
 忘れ物をしやすい場合は、
・チェック表を作って、それを見ながら本人が確認する
 方法があります。
 いろいろな方法がありますので、どれか1つに絞る必要はありません。記憶のサポートができるよう本人に合う方法を組み合わせていいのです。

Q:周囲はどう対応すればいいでしょうか。

A:アドバイスとしては、
・その場で本人にメモを取ってもらう。ただしこの場合、メモの内容が正しいかどうか周囲が確認する
・説明した内容をメモに記して本人に渡す
・言葉で伝える場合は、できるだけ端的にする
・メモを書いたことを忘れたり、メモをなくしたりすることがあるので、決まったノートにメモを書いたり、決まった場所にメモを貼ったりする
・本人に口にしてもらったり、書いてもらったり、返事をしてもらったりするよう習慣づけをする
 などです。本人の体調が優れなかったり疲れていたりすると記憶力が影響を受ける可能性がありますから、その辺を勘案することも必要でしょう。

Q:メモのほかにも使えるツールはありますか?

A:例えば、
・目覚まし時計
・カレンダー
・ホワイトボード
・ICレコーダーなどの録音機
・タイマー
 なども併せて使うことができるのではないでしょうか。

 高次脳機能障害はまだまだ広く知られるまでには至っていませんが、新聞などでたまに見かけるようになりました。
 交通事故で高次脳機能障害になったGOMAさん(46歳)が点描画の個展を開くという記事が2019年6月30日付『読売新聞』(東京本社版)の都内版に載っていました。記事によると、GOMAさんは10年前に交通事故で高次脳機能障害になったそうです。プロの奏者で、10枚ほどのアルバムをリリースしている実力派。
 点描画がリハビリにもなるのですね。出雲や広島の患者さんの中にもリハビリの一環として手品に励む人もいます。どちらも手先を使うという共通点があります。
 高次脳機能障害は患者、家族ともに一生かけてつきあっていくことの多い障害ではあります。しかし、何かできることや自分の得意なもの、関心のあることをすると、生活の張りや生きがいになることもありますし、そこでの成功体験がリハビリにもなるかもしれません。
 高次脳機能障害になった人や家族を勇気づける記事にもなると思います。都内版ではなく、社会面で大きく扱ってほしかったというのはこちらの勝手な希望ですが、しかし、こうした記事が出ることで高次脳機能障害を知る人が増えるのは間違いありません。
 それにしても「こぼれる記憶」とは心に残る見出しです。

Q:社会的行動障害を持つ本人や周囲の人へのアドバイスを教えてください。

A:次の7つに分類されると前のほうで説明しました。
① 欲求・感情コントロールの低下
② 意識の低下・抑うつ
③ 固執性(こだわりが強い)
④ 依存・退行(幼児化、子どもっぽい)
⑤ 対人技巧拙劣(コミュニケーション能力の低下)
⑥ 易疲労性(精神的にも身体的にも疲れやすい)
⑦ 病識欠如(自分の障害に気づかず、自分の障害について説明できない。現実感がない)
この順番で一つずつ見ていきます。
まず①欲求・感情コントロールの低下ですが、本人には、
・そうなる原因を見つけて、それをできるだけ避ける
・イライラしたら話題を変えたりその場を離れたりする
・行動する前に第三者に聞く
 などを挙げることができます。
 周囲の人への助言としては、
・本人を否定したり批判したり責めたり怒ったり叱ったりしないで、最後まで聞いてあげる
・本人の不適切な行動などについて、落ち着いたときに、冷静に、はっきり、淡々と伝える
・本人が興奮しているときは話題を変えたり席を外したりする
 などがあります。

Q:②意識の低下・抑うつについてはどうですか?

A:本人へのアドバイスとしては、
・チェックリストを作って、自分がやるべき行動や仕事が目に見えるようにする
 です。もっともチェックリストをみること自体を忘れる方も多いので、そのようなときは可能であれば、周囲の人のフォローが必要です。
 周囲の人へのアドバイスは、
・本人は分かっているけれどできない状況にあることを理解する
・無理強いしたり「怠けている」と言ったりしない
・深く考えずに単なる激励の意味で「頑張って」と言いがちだが、何を頑張るべきか分からない本人にとってこの激励はプラスにならない
などです。

Q:③固執性についてはどうでしょうか。

A:本人へのアドバイスは、
・やり始めたら止まらない場合は、終わりの時間を最初に決めておき、タイマーなどをセットする
・自分中心になっていないかと自分を見てみる
 などです。
 周囲へのアドバイスは、
・固執することのマイナス面を落ち着いたときに、本人に伝える
・固執している行動をやめるよう唐突に指示するのではなく、時間や回数を減らすようにする
・固執している行動とは別に行動を取り入れて、気持ちを切り換えやすいようにする
 などがあります。

Q:④依存・退行についてはどうでしょうか?

A:本人に対してのアドバイスは、
・他人と関わらない時間を過ごす
・自分の年齢に合う行動をするよう意識する
 などです。
 周囲へのアドバイスとしては、
・落ち着いたときに、本人の言動が年齢や役割、立場に合わない(子供っぽい)ことを気づかせる
・本人が我慢できる範囲で待つ経験をさせる。例えば「あと10分待って」や「この用事が終わってから」、「今は忙しいから相手をすることができない」などと伝える
・本人が抱えている不安の原因をできるだけ取り除く
・年齢や役割、立場に応じた言動をするよう本人の意識を向けさせる
 などです。

 もっとも、このようなことを心がけても簡単にできないからこそ、高次脳機能障害なのですが、あせらずに状況をひとつひとつ受け入れて理解し、それぞれの対処法を模索していくようにしてみてください。

=参考資料=

『これでわかるちゃ!! 高次脳機能障害』(発行・NPO法人日本脳外傷友の会リハビリテーション講習会テキスト作成実行委員会)、『高次脳機能障害とともに――ご家族の方へ』(広島県高次脳機能障害地域支援ネットワーク)、『高次脳機能障害 理解と対応<学校編>』(広島県高次脳機能障害地域支援ネットワーク)など