高次脳機能障害の患者さんとの出会い
私が初めて高次脳機能障害の患者さんに出会ったのは、 研修医2年目、都立大塚病院で研修を受けていた時です。そこで脳卒中などの患者を診ていた時に頭部外傷の患者さんを担当することになりました。「勉強になるからこの患者さんの主治医になれ」と先輩に言われ、主治医になったのです。教科書的には高次脳機能障害を知っていました。
しかし患者さんが受傷されて、まだぼーっとしていて、目が覚めてきて、少し激しい行動をとる、という過程の全てを目にするのは初めてです。私が知っている脳卒中の患者さんとは全然違いました。
もちろん教科書には脳卒中と脳外傷の違いを図表で書いてありました。脳卒中は脳の一部がやられる、脳外傷は脳全体がやられる。脳卒中は片麻痺や言葉の問題が出るが、外傷は前頭葉を中心にした障害が出る、という程度でしたが、2001年頃の教科書なので当時としてはこれが限界だったのかもしれません。
高次脳機能障害の患者さんを初めて見たときはびっくりしました。当時は病院の7階がリハビリ病棟でした。そこのエレベーターホールまで高次脳機能障害の患者さんが車椅子で行くのです。自宅に帰りたがっていました。でも看護師さんは困っていました。「最初は大人しかったのに目が覚めてくるとだんだん激しくなってきて、帰りたがって私たちは抑え切れない」というのです。
脳がやられると人は大きく変わってしまう
「主治医になれ」と言われたのはそんな時です。実際患者さんご本人は家に帰りたがっていました。脳卒中の人はおとなしく車椅子に乗ってくれているのですが、高次脳機能障害の患者さんは麻痺はありませんし、日に日に回復していきます。
脳卒中の患者さんばかり診ていたので、高次脳機能障害の患者さんの変化の激しさに驚きました。高次脳機能障害の患者さんは麻痺がないので、車椅子なしに歩けるようになっています。家に帰ろうとする患者さんをエレベーターホールの前で止めるのが私の仕事でしたが、止めたときに患者さんが怒った勢いで私の手をガブッ。
これは衝撃的な出会いでした。あとからよくよく考えると、前頭葉をやられていて、患者さんご本人は考えも定かではない状態の中で本能的に帰りたいと思っている。帰りたいのに、行く手を阻まれる。私が手を広げた高さがちょうど患者さんの顔の前だった。体がうまく動かないから、目の前の手をとっさに噛んだ――と私は受け止めました。
その後その人は回復していきましたが、脳をやられると人はこんなに変わるのかと驚いたことが忘れられません。脳卒中のように脳の一部がやられて局所的に体の機能が落ちた人と、体は動くけれど頭の中の考える部分がやられている人の違いだとあとから納得しましたが、正直な話、手を噛まれた時は大変だと驚いたものです。
前頭葉がやられている高次脳機能障害の病態と脳の局所損傷の高次脳機能障害は病態像が全く違う
そのころモデル事業の中心だった神奈川リハビリテーション病院に若手を行かせる話があり、私に白羽の矢が立てられました。教授に「お前行ってこい」と言われたのです。「この神奈川リハビリテーション病院は脳外傷の患者さんばかりなので大変勉強になる」と言われました。情けない話ですが私は教授に「絶対に嫌です。噛まれるのは嫌です」と伝えました。今となっては笑い話ですが、私にとっては手を噛まれた経験はそれほど衝撃だったのです。
私が医師になって早期に脳外傷の患者さんに出会ったことと高次脳機能障害ばかりやっている病院に赴任したことで、シャワーのように脳外傷の患者さんを担当することになります。リハビリテーションの教科書に頭部外傷の記述がありました。しかし分量はそれほどなかったと記憶します。リハビリテーションの対象は戦争で傷ついた人の治療から始まり、1980年頃からは高齢者による脳卒中の死因が増えたため、脳卒中を中心とした失語症など脳の局所損傷の高次脳機能障害を中心とした学問でした。このような経緯があるので、教科書はそれほど紙幅を割いていなかったのでしょう。
しかし教科書がどうであれ、私が診ている患者さんは教科書の記述と全然違うのです。前頭葉という頭の前にある脳の司令塔が残っていて、言葉や行為がやられている局所損傷としての高次脳機能障害ではなく、そもそも前頭葉がやられている高次脳機能障害は病態像が全然違うのです。
にもかかわらずこの研究はほとんど進んでいませんでした。神奈川リハビリテーション病院時代の上司であった大橋正洋先生がリハビリの学会誌に有名な論文を発表して日本の高次脳機能障害の研究が海外に比べて遅れていると指摘したのは2000年頃です。
私が医師になった頃からモデル事業が始まり、国立病院の中でいくつかの拠点病院が生まれました。交通事故で死者が多かった時代に比べると救命の技術が上がり、昔なら亡くなっていた人が助かるようになり、それに伴って前頭葉を中心とした高次脳機能障害になる人々が注目され始めたのはその頃でした。これが「新しい高次脳機能障害」や「広い意味での高次脳障害」と呼ばれるようになりました。そのため脳卒中の高次脳機能障害は「狭い意味での高次脳機能障害」と呼ばれることがあります。今はひっくるめて「高次脳機能障害」と呼んでいますが、言葉だけがやられているような脳卒中の高次脳機能障害と前頭葉をやられている高次脳機能障害は病態像が全然違うのです。このような歴史的な変遷を伴って高次脳機能障害への医学は今日に至ります。
脳外傷の人のリハビリについて学会で発表したところ、まだ十分にリハビリの対象として認知されていなかったからか、医師3年目の私に大学の教授から「これはどうなんでしょう」という質問が出たりしていました。私が特殊な世界、先端にいるのだなとその時初めて感じたものです。
前頭葉がやられた高次脳機能障害の患者さんがケアされない時代があった
それまでの高次脳機能障害の患者さんたちは行動が激しくなると、それを薬で落ち着けるため精神科が担当していました。リハビリテーション科がそのような患者さんたちを十分にケアできていたかというと、そうではなかったでしょう。リハビリテーションというのは身体の障害に対してどうしていくかというところを中心に学問的にやってきた科なので、認知機能や高次脳機能を対象に診るようになったのはモデル事業以降ではないかと思います。それまでの局所的な失語症や脳卒中に伴うような高次脳機能障害の患者さんは身体の障害と合併するので診てきたのでしょうが、認知機能だけやられている患者さんは周囲の十分なサポートや理解が得られなかったのではないかと思います。だからこそ家族会のサポートや、国のモデル事業が始まったのでしょう。高次脳機能障害の患者さんはケアされない時代が長かったと言っても間違いではありません。
こんにちでは、頭を強く打ったり脳がやられたりという頭部外傷の診断はCTやMRIなどを使って、軽いものを含めて診断できるようになりました。脳外科の医師たちも最近は「高次脳機能の障害が今後出るかもしれない」や「高次脳機能障害ですね」などと診断するようになっています。脳外科の医師の意識が高まり、身体の障害はなくてもそういう人をリハビリの対象とみなして、回復期のリハビリ科で診るようになったのは、モデル事業の始まりが2001年なので、それ以降、ここ10年くらいでしょう。
明らかに重症な患者さんは「リハビリをしてはどうですか」という話になりますが、軽傷の患者さんは高次脳機能障害と診断されていないケースが多々あるのではないかと危惧します。
高次脳機能障害と診断をつける難しさ
こんにちの課題でもあるのですが、高次脳機能障害と診断をつける難しさがあります。身体機能障害は誰が見ても外から見れば分かります。高次脳機能障害は外から見ただけでは分からないケースが多く含まれています。そこが難しさの1つなのです。
私たち医師が言っても患者さんご本人が受け入れられない。何より患者さんご本人が「自分が高次脳機能障害であること」を分かっていない。目が覚めたら車椅子に乗っていて、動こうとした時に足が麻痺していたら、自分はこういう病気になったのだと認識するものですが、高次脳機能障害の場合は手も動けば言葉も話します。しかし何か言ったら周囲から「おかしい」と言われるので、患者さんご本人は「何がおかしいか!」と怒ってしまう。外見では病気と分からないしご本人も自覚がないのが高次脳機能障害の一番の難しさなのです。
実際私たち医師が患者さんにそうだと言ってもなかなか受け入れられません。もちろんご家族を含めた周囲の皆さんは「前と比べたら全然違っていて、おかしい」と感じるのですが、ご本人は何もおかしくないつもりでいます。
私たちが診断する場合、慎重に対応しないと怒りだす患者さんがいます。少し極端な例ですが、「あなたは足が遅いですね」と言われて怒る人はいません。しかし、そういう意味でなくても「あなたは頭が悪いですね」と言われると、「はいそうですか」と受け入れるのは誰でも難しいものです。
高次脳機能障害は頭の回転や注意力、記憶力などいわゆる勉強の部分と行動や性格などの2つに大きく分けることができます。私たちが言っているのは前者であり、「あなたは頭が悪い」や「あなたは性格が悪い」と言われているような感じに受け止めるのかもしれません。そうなると「なんで私が。こんなにしゃべれるのに」というような心理状態に最初なるのでしょう。社会に出て失敗したり、何かうまく行かないことが起きたりして、次第に「もしかすると」と認識してゆく。高次脳機能障害にはこのような過程があるようです。
脳卒中が原因でも、認知症の初期診断の難しさもそうですが、認知機能の問題を本人に説明して理解してもらうのは結構難しいものがあります。目に見えないので本人も認めない、周りからもそうとは認められない、ということがあります。
問題が現れるのは病院から普段の生活に戻ったとき
病院にいれば周囲にいるたくさんの人が手助けしてくれるのでコミュニケーションをとったりしていろいろなことが何とかできても、その人がいきなり一般社会に出たらうまくできない場合があります。対人関係もそうですが、例えば朝起きてスケジュール通りリハビリをこなして帰宅して寝るという生活ができても、その人が1人で生活できるか、会社に出てノルマをこなして時間通りのことができるか、となるとハードルが全然違うのです。
病院で高次脳機能障害と診断されたとしても、その時点で問題がすぐに出るかどうか分かりません。病院の中でスケジュールを全然こなせないなどの状態があれば、このまま帰宅しても大変だと分かりますが、病院の中で何となくうまくできていれば、ご家族に「高次脳機能障害の症状が出ているので今は大丈夫に見えてもこの先難しいことが起きるかもしれません。何か困ったことがあったらここに相談してください」と退院させられていればいいのですが、そこまでの経験を積んでいない医師が「もう大丈夫ですよ」と病院の中の患者さんの状態だけを診て判断すると、退院後の生活で大変なことになることがありうるのです。治ったと言われて退院したのに、仕事に出るとおかしい。数年後に外来に来て病状や経過を相談してようやくご家族やご本人が高次脳機能障害だと気づくケースもあるくらいです。
時間の経過とともに周りの環境が変わると高次脳機能障害の症状が出てくるものです。麻痺の場合は病院にいようが家にいようが会社にいようが麻痺は麻痺の症状が出ます。しかし高次脳機能障害は認知機能なので、そこが違います。
このようなことを知らない脳外科の医師の場合、命は助かった、きちんとしゃべることができている、動くことができる、病院の中でもきちんと生活できている、もう大丈夫、では退院、となれば、ご家族もご本人も高次脳機能障害のことを全然知らずに退院することになります。会社で周囲から「おかしい」と言われ、本人は何がおかしいか分からない。こういうことが歴史的に長くあったのではないかと思います。
最近は「高次脳機能障害が出る可能性がある」や「こんな症状が出る可能性がある」、「リハビリに行きなさい」などと脳外科医が言ってくれるようになっただけでも大きな進歩です。ここ10年くらい、脳外科の学会などで高次脳機能障害の発表やセッションなどがあるので、脳外科の専門医であれば高次脳機能障害をご存じです。モデル事業が始まって医学の世界が変わってきたのです。まだ完璧なものではありませんが診断基準ができたり、それに対して議論が生まれたり、学会の中で企画があったり、高次脳機能障害について医師が目にする機会は確実に増えてきました。家族会に聞くと「まだまだです」と怒られるかもしれませんが、確実に昔よりは変わってきています。
とはいえ、医師が「高次脳機能障害が出るかもしれません」と言うだけではなく、困ったときにきちんと診断をしてくれる、ご本人の話をしっかり聞いて診断書を書いたり、生活のアドバイスをしたり、定期的に診る医療機関がどれくらいあるのかとなると、「ごめんなさいまだまだです」と言わざるを得ません。
高次脳機能障害の患者さんは何科で診てもらえばいいか
ご家族から「そもそも何科に行けばいいのですか」とよく聞かれます。高次脳機能障害は福祉の手帳の分類では「精神障害者保健福祉手帳」の障害の1つに入っています。行動の障害が激しい時は精神科医が担当する場合がありますが、精神科医はまずは病歴と出ている症状だけで診断します。いきなり画像検査を行うことは少ないでしょう。統合失調症と診断された患者さんからよくよく話を聞くと交通事故に遭っていたことが分かり、それは統合失調症ではなく高次脳機能障害に起因する症状であることが分かり、診断が変わった事例もあります。脳卒中や癲癇、統合失調症、鬱……。高次脳機能障害の患者であっても運ばれた科によってその科の病気に診断されてしまうことが今もあります。したがって病気や怪我による高次脳機能障害による症状であっても、「これは鬱から出るものだ」と医師に判断されてしまうことがあるのです。医師はそれぞれ自分が専門だと思っているのですが、医師も人間である限り、「弘法も筆の誤り」がありますし、診断の難しさがつきまとうのが高次脳機能障害なのです。医師だけではなく看護師もそういうことがあります。「この人は言うことを聞かない」で済ませようとする看護師がいます。これでは患者さんご本人もご家族も助けられません。なぜ言うことを聞かないのかを考えて対応すると、上手くいく場合が多くあると思います。
では、何科がいいか、ですが、何に困っているかによって相応しい科が異なります。例えば精神症状が出ている人で暴言や暴力が激しい患者さんの場合、薬で抑えるという話になると精神科がメインになります。交通事故などによる脳の外傷で、脳の腫れを押さえるために一旦骨を外している人などは、その後も手術や治療が必要なため脳外科が引き続き担当する場合もあります。リハビリテーション科は簡単に言うと生活に影響する障害を診る科です。多くの人は生活で困るので最近はリハビリテーション科に大勢が通っています。
リハビリテーション科で診ながら精神科で薬をもらうケースも当然出てくるでしょう。例えば急性期を脱して退院した後、まずリハビリテーション科に通い、医師と話して、必要であれば精神科に行って薬をもらうという流れです。しかし薬で解決するわけではありませんから、退院後の患者さんはリハビリテーション科が担っているのだと思っています。
高次脳機能障害の患者さんを診る医師のリアル
昔の脳卒中を中心とした古典的な高次脳機能障害から、頭部外傷による前頭葉機能を中心とした新しい高次脳機能障害に教科書の中心が移ってきたように感じます。これはさらに少しずつ進んでいくでしょう。しかし新しい高次脳機能障害に精通した医師がどれぐらいいるかというと、経験を積んでいる医師はまだまだ少ないのが現実です。医師はある程度経験を積まないと治療に生きてきません。特に高次脳機能障害はいろいろな症状が出て、患者さんの生活もさまざま、病気になる前の仕事もさまざまなので、経験を積まないと一人前の医師になることができません。会社に戻ってもうまくいかなかった人や重度で寝たきり近い人、すごくいい回復をした人などいろいろなケースを経験することで、「この人の重症度はこれくらいだろう」などの判断基準を医師が自分の中に持つことができるのですが、そうなるまでに10年はかかります。
患者さんをたくさん診ている医師はきちんと診療していますし、脳外科医でも退院した患者さんを外来でずっと診ていて、リハビリテーション科の医師より詳しい脳外科医が何人もいます。一方で自分の目の前の急性期しか診ずに退院したら後は知らないという医師はたぶん高次脳機能障害をご存じないでしょう。退院したら見えてくるのが高次脳機能障害だからです。これは医療の縦割りの弊害でもあり、科の弊害でもあり、時間の長さも関係します。退院後の患者さんをどれくらい長くフォローしているか、困っている患者さんが相談に来ているなど、退院後の患者さんをどれくらい診ているか、です。
私の病院は患者さんが入院して数カ月間診るのですが、高次脳機能障害の患者さんが入院中ある程度できるようになった時、「この患者さんが家に帰ったあと実際どうなるのだろう」と考えます。そこをしっかり経験して分かっている職員は実はそれほど多くありません。急性期と回復期に偏重している今の医療の弊害といっていいかもしれません。
神奈川リハビリテーション病院では、何が一番勉強になったかと言うと、入院の担当だけではなく外来の患者さんの担当もたくさんさせて頂いたことです。事故に遭って10年以上経った方もたくさんいらっしゃいました。わずか2年半の経験でしたが、いろいろな時間経過の患者さんを診ることで、最初の頃起きる問題と家に帰ってから起きる問題、社会に戻った時に起きる問題などをたくさん経験しました。この経験があるので私は家族が困っている話を聞くと「ああ、そういうことがありますよね」と言えるのです。知らない医師が聞くと「それは高次脳機能障害の症状かな?」となる可能性がありますが、私が困った患者さんの相談に乗ることができるのは経験の蓄積のおかげです。
高次脳機能障害の症状は事故から何年経っても起こりうる
高次脳機能障害の症状は、家に戻ってできないことに直面して鬱になったり、周りの人との関係で怒りっぽくなったりします。こうした変化は事故が直接の原因ではないかもしれませんが、そういう人が数年経って環境が変わることでいろいろ変化していくのです。間接的には事故による高次脳機能障害が原因の症状は何年経っても起こりうるということが言えます。
私の病院の外来に来られた患者さんの話を紹介しましょう。うちの病院を12年前に退院した患者さんで、当時は10代のやんちゃな男の子でした。事故に遭って、しかし「自分は病気じゃない!」と言って2週間くらいで家に帰ってしまいました。「二度と来るか!」と帰ってしまったので、十分なフォローができませんでした。
その時彼と付き合っていた女性とそのあと結婚して、会社にも戻ったそうです。彼女は「入院していたときに高次脳機能障害の話をチラッと聞いたような気がする」と言っていましたが、わずか2週間ほどの入院ですし、彼の体も元気になったからまあいいかと帰って仕事に戻ったら、彼は決められた作業しかできない。長年おかしいと思っていたそうです。それが何かの時に新聞を見て、夫の症状によく似ていると気づいたそうです。彼は家にあるものをたくさん買ってきたりする。道が覚えられなかったりする。会社では決められた作業は本人が体で覚えていたからできていたそうですが、配置転換されて急に違う作業になると頭で組み立てることができず、急にできなくなってしまった。上司から「やる気がないんだったらやめろ」とぼろくそに言われ、彼はへこんだ。そんな時に彼女が新聞を見たのでした。
彼女がどこかの相談会に行ったら「この病院に行きなさい」と言われて、偶然ですが私の病院に戻ってきたというわけです。話を聞くと典型的な高次脳機能障害の症状でした。カルテを調べたところ、頭部外傷と記されていました。高次脳機能障害なのに社会に戻っていき、周囲と摩擦を生じ、ご本人とご家族はつらい思いを抱えながら長年生きている――。こういうケースは実は多々あるだろうと推測します。彼は昔のやんちゃさは影を潜め、今はおとなしいちゃんとした社会人になっていました。
高次脳機能障害の“仲間”
少し話が変わるかもしれませんが、高次脳機能障害は脳卒中や脳外傷など何かによって起きた脳の損傷で、一時的に悪くなりますがその後だんだん良くなっていくものです。発達障害や、生まれた時の問題で脳性麻痺の患者さんの知的障害も、実は高次脳機能障害と同じように前頭葉などの脳がやられている人もいます。また精神障害も身体の障害ではなく脳の障害なので、広い意味で考えると「脳の機能が障害」されている仲間の病気と言えます。認知症も時間の流れは違いますが、そういう意味では仲間です。その原因が突発的な病気や怪我の場合には高次脳機能障害、生まれつきや発達の途中であれば知的障害や発達障害、はっきりした原因がなく周りの環境的な変化や機能的なものであれば精神障害、加齢や脳の変性によるものを認知症、など原因によって違う名前がついているのです。でもやられている脳の場所が同じだと、症状はよく似ていたりします。
ケアマネジャーさんを対象に高次脳機能障害の講演をしたことがあります。その際、「うちの息子は発達障害です。今日の話はよく似ていました」と声をかけられました。脳の損傷なので、原因は違っても症状が重なることがあります。その講演で話したのはこんな内容です。
神経難病、例えば脳がだんだん変性して悪くなっていく筋萎縮性側索硬化症(ALS)の人がいます。脳卒中の人と比べて、症状やリハビリの内容が全く違うかというとそうではありませんし、筋力訓練や歩行訓練は同じようにします。では何が違うかというと、病気によって予後が違うのです。脳卒中の患者さんはその後よくなると思って私たちはリハビリを組みます。しかし神経難病の人は今後どんどん悪くなっていくことが病状的に分かっているので、同じような歩行訓練や筋力訓練をしても、それは良くする目的の訓練ではなく、少しでも進行を食い止めようと思って訓練をするのです。筋力が落ちたり歩けなかったりという症状は似ていていも、リハビリの考え方が最初から違うのです。
発達障害と高次脳機能障害も同じようなことが言えます。一時的に脳が損傷して、それが良くなると思って訓練し、家族もそれを期待するのですが、発達障害の人は小さい頃からその症状が続いていて、大人なって突然何かの拍子で良くなったり治ったりするものではありません。脳の障害なので当然ながら高次脳機能障害と同じような症状が出ます。認知症の人の言語障害や鬱病の人の症状など、症状を部分部分だけ見ると高次脳機能障害と同じような症状が出るのです。ただ、原因によって呼び名が違うのです。症状の部分部分は一緒ですが、トータルで見ると違う病気なのです。
別の場所で講演をした後3人が病院に来られました。「もしかすると自分は高次脳機能障害ではないか」と心配なさったのです。診察したところ、1人は高次脳機能障害で、あとの2人は鬱病でした。
ここが診断の難しさなのですが、例えば鬱病の人が交通事故に遭って、そのあと症状が出たとき、どこからどこまでが元々の鬱の症状で、どこからどこまでが今回の交通事故による高次脳機能障害の症状なのか、明確に分けることができません。発達障害の人が交通事故に遭うケースが増えていて、これもどこからどこまでが発達障害なのか、どこからどこまでが高次脳機能障害なのか、分けることができません。
高次脳機能障害が世の中に広く知られることで生じる医療側の課題
もともと性格的に怒りっぽい人がいます。ご家族は「昔はいいお父さんだった(のに今は変わってしまった)」と言うのですが、私たちにはそこを見分けることができません。ご家族によく聞かれるのは「病前のことがどれくらい影響するか」ですが、医学的な根拠ではなく感覚的な経験から、病前の性格や上京が出る可能性は十分あると私は思っています。お父さんの頭は全部やられているのではなく、残っているところはお父さんの元々の脳みそなのです。もともとの性格や状況に脳のダメージが加わって、それによって症状が重なるので、どこからどこまでが元々で、どこからどこまでが病気なのか、医学的には完璧には分からないのです。
私たちが何を基準にするかというと、検査をして正常値と比べてプラスかマイナスかで測るしかありません。ご家族にしてみれば「全て病気のせいだ」と思いたいかもしれませんが、そこは明確に分けられない難しさがあるのです。ここからここまでが高次脳機能障害だと定規で線を引くように診断をつけるのは大変難しいのです。
前述した15年前の人に高次脳機能障害かもしれないと思うエピソードを書き出してくださいと伝えたところ、いろいろ書いてきてくれました。その中に「駐車場でどこに止めたか分からない」というのがありました。これは普通の人にもあることです。高次脳機能障害の症状の1つかもしれないし、そうでないかもしれない。最終的に診断をつけるのは至難の業なのです。
世の中に高次脳機能障害が知られれば知られるほど、その疑いがある人や関連する人は増えます。しかし、増えても「これは高次脳機能障害だ」や「これは高次脳機能障害ではない」と明確に分けることができる人が医療側にどれだけいるかとなると、そこはまだまだ期待に応えられるほどの態勢ではありません。
診断基準が高次脳機能障害の患者さんを排除している可能性
高次脳機能障害の診断基準の中に1つ盛り込まれていて大事なのは「器質的な損傷によるもの」、つまり脳に何かダメージを負ったことが原因で症状が出ている人だけと限定しています。しかし一部の人から言うと、そして実際そうなのですが、MRIではっきりと認められないのに、脳の神経繊維のネットワークが切れて高次脳機能障害の症状が出ている人が実際にいるのです。にもかかわらず定義通りの診断では、そうでない人たちを排除することができてしまうわけで、その中にいる高次脳機能障害の人たちも排除している可能性があり、診断の付け方の難しさに直面します。
平成18年に札幌高裁が、意識障害や画像所見のないケースを高次脳機能障害と認定しました。それまでは疑わしい場合でも、客観的な証拠がなければ高次脳機能障害という認定がなされていませんでしたので物議を醸しました。
このように「事故による症状」という判断が難しいケースでは、「この症状は事故によるものではない」という判断も同時に難しいということになります。最近では脳画像検査の技術が飛躍的に上がり、脳のネットワークや神経の軸索というケーブルが切れているのもMRIでかなり同定されるようになっています。診断の技術は確かに上がりましたが、まだ完全ではありません。本人や家族から見れば、事故の後の症状は全て交通事故が原因のように感じるでしょうが、微妙なケースは数多くあります。ちょっと頭を打った人たちが、「頭を打ってから何かおかしい」などと言い出すと、状況から考えて明らかに「違う」と判断しても、病気や事故前の検査をしていなければ、その違うという根拠が出せません。
このように専門家であっても、「そう」とも「違う」とも完全に証明することは困難な場合があり、経験や診断技術が上がっても正直難しいところだと感じます。直接的に脳がやられたからこの症状が出てきていると言えないので、そういう場合は何が原因にせよ、「症状は確かにあるのだけれど、書類に書けるのはここまでです」とするしかないのです。そういう患者さんを私たち医師が排除してしまうと、患者さんが行くあてがなくなってしまいますから、きちんと受け入れて話を聞いて整理してあげて、診断基準に照らし合わせて書類に書くという最大限の努力をしていくしかありません。患者さんもご家族も大変なのですが、病気かどうかと切り分けるのは難しい部分があり、最終的には医学的な判断をして線引きするしかないのです。運動麻痺の場合、どんな環境にいても麻痺が急に出てくることはありませんが、高次脳機能の問題は普通に生活していても外部要因で鬱になる人がいるのですから。したがって、線引きは永遠の課題になるかもしれません。だいたいは見分けることができるのですが、完全にそこを見分けようとしたら、神様でないと分からない領域だと正直思います。
これだけ症状が出ているのに高次脳機能障害と認められないという話はよく聞きます。私の場合はもしかすると知識がありすぎて、本当は脳の損傷ではない部分で出ている症状も全て高次脳機能障害と捉えているかもしれないという思いもあります。引きこもりや発達障害などでそういうケースがありました。ご家族はそういう病状に振り回されているし、どこに行っても病気ではないと言われたり、ちゃんと取り合ってくれなかったりするので、話を聞いてくれてこういう病気ですよと診断されると安心する部分があります。ご家族は治療方法が見えるから安心するのですが、高次脳機能障害は治療方法がどうのより、まずはきちんと認められた病気だと診断されて安心するのでしょう。「これは何なんだ」と長年大変な思いをしてきたご家族からすると「これは病気だったんだ」と分かったところで出発点に立つことができるわけで、診断はすごく大事です。ですが、ご家族の大変な思いは分かりますし、しかし完全に見分けることが難しい現実があるので、診断するほうも実は大変なのです。
高次脳機能障害の悩みは生活の中で顕在化する
「患者さんが私の前に来ておとなしく座っていたら、家の中でどれだけ暴れていてもそれは私には分からない」という話を講演で話したことがあります。家の中で暴言暴力が激しい人でも私の目の前でそれがないと私は診断書を書くことができません。そこで普段のエピソードを書き留めておくことが大事ですよと記録の重要性を話しました。見るだけでは分からない障害だという話をしたのですが、聞きに来た人たちは驚いた様子でした。「え! 医者は患者さんを診て診断をつけられないの?」と。それって当たり前じゃないのと私は思うのですが、 世間一般の人は高次脳機能障害に詳しい医者は診ただけで分かると思っているようでした。でも診ただけでは分からないのです。「え、そうなんですか」という意外な反応でした。
エピソードを聞くと「これは高次脳機能障害だな」と推測がついたりするのですが、何も言われないと分かりません。医者にかかる時に患者さんやご家族が何も言わないと、医者は問題を拾えませんから、何に困っているかを医者に伝えることが重要です。外来にかかった時に主治医に何と説明すればいいかという家族の質問のときの質疑応答の話です。麻痺は見れば分かりますし、少し体を動かしてもらえば分かるのですが、高次脳機能障害は診ただけでは分からないのです。
家に帰れば親に当たる、仕事に出れば周囲とうまくいかない、などのエピソードを伝えないと、医師は「順調ですね」で済ませてしまいかねません。家ではどうなのか、最近どうなのか、という話をしてほしいのです。私たちの前でニコニコしていれば、私たちは分からない。「医者が分からないのですか」と驚かれたことに私は驚いたことがありますが、患者さんやご家族の期待に100パーセントお応えすることができないくらい判断が難しいのが高次脳機能障害なのです。
信頼できる広島の家族会
生活の問題が大きいので、病院の中で解決できることは実はそれほど多くありません。しかし家族会の力や経験者の力は大きい。「家族会に入って周りの人の話を聞くだけで少し楽になったり情報を得たりできるので、1回行ってごらんなさい」と外来の患者さんに私は勧めています。家族にとって分かってくれる人がいるのは心強いに違いありません。
家族会(正式名称は「高次脳機能障害家族会」。通称「シェイキングハンズ」。NPO法人高次脳機能障害サポートネットひろしまの中にある)の代表を務める濱田小夜子さんはご自分の経験から「病院は何もしてくれない」「本人と家族が強くなって立ち直らないと、病院を頼りにしても良くならない」と言われます。一見医療者には厳しいように聞こえますが、正にそのとおりです。
高次脳機能障害は生活において問題が出る障害なので、実生活の中で鍛えていくしかありません。私たちはその出発点になる診断や、書類を書いて出来るサポートをしてあげる。ご本人とご家族が知識を得て、対応を学び、自分たちで向き合っていかなければならない障害なのです。
濱田さんは「病院ばかりずっと通ってもダメよ」とご家族に言っています。素晴らしいと私は思います。病院のできることの限界を理解し、自分たちが自立することの重要性を分かっておられるのです。そういう意味で信頼できる家族会です。
岡本隆嗣・医療法人社団朋和会 西広島リハビリテーション病院 理事長・病院長について
【西広島リハビリテーション病院サイト】
西広島リハビリテーション病院
【略歴】
2001(平成13)年、東京慈恵会医科大学医学部卒業
2002年(平成14)年、東京都立大塚病院(回復期リハビリテーション病棟)
2003(平成15)年、神奈川リハビリテーション病院(脳外傷リハビリテーション病棟)
2005(平成17)年、 東京慈恵会医科大学附属第三病院
2011(平成23)年、西広島リハビリテーション病院病院長就任
2013(平成25)年、介護老人保健施設「花の丘」施設長兼務
【所属学会など】
医学博士
日本リハビリテーション医学会認定リハビリテーション科専門医・指導医・代議員
全国回復期リハビリテーション病棟協会常任理事
日本リハビリテーション病院・施設協会理事